2020/05/06 掃き出し法で逆行列を求める

本日のお題

行列 \(A = \left(\begin{array}{c} 1 & 3 & 2 \\ -1 & 0 & 1 \\ 2 & 3 & 0 \end{array}\right)\) の逆行列 \(A^{-1}\) の求め方を教えてください。

授業で 掃き出し法 を用いて求めたのですが,掃き出し法でどうして逆行列が求められるかが分かりません。

承知いたしました。良い質問ですね。掃き出し法は ガウスの消去法 とも呼ばれる計算方法で,行列の勉強には欠かせないものです。形式的な計算を覚えるだけでは不十分ですね。「なぜ,掃き出し法で逆行列が求められるか?」を考えておくことは大切なことです。

行列の基本変形

この「なぜ?」を説明するためには 行列の基本変形 についてお話ししなければなりません。行列には基本となる変形が6つあります。

  1. 2つの行を相互に入れ替える。
  2. ある行をスカラー倍する(ここでは実数倍と考えましょう。)
  3. ある行に他の行のスカラー倍を加える
  4. 2つの列を相互に入れ替える。
  5. ある列をスカラー倍する。
  6. ある列に他の列のスカラー倍を加える

行の入れ替え

基本変形のうち1~3は行に関するもの,4~6は列に関するものです。いずれもある行列を掛けることで実現できるものです。例えば,お題の3行3列の行列に対して \[P = \left(\begin{array}{ccc} 0 & 1 & 0 \\ 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{array}\right)\] を考えます。この行列は,単位行列の第1行と第2行を入れ替えた行列です。また,列から見れば第1列と第2列を入れ替えた行列と見ることもできます。

ここで,行列 \(A\) と 行列 \(P\) の積を作ります。もちろん,\(P\) を左から掛けた場合と右から掛けた場合では演算の結果は一致しません。まず,\(A\) の左から \(P\) を掛けます。 \[PA = \left(\begin{array}{ccc} 0 & 1 & 0 \\ 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{array}\right)\left(\begin{array}{c} 1 & 3 & 2 \\ -1 & 0 & 1 \\ 2 & 3 & 0 \end{array}\right) = \left(\begin{array}{c} -1 & 0 & 1 \\ 1 & 3 & 2 \\ 2 & 3 & 0 \end{array}\right)\] よく見てくださいね。どのような変化が起こりましたか? そう1行目と2行目が入れ替わっています。

それでは次に,\(A\) の右から \(P\) を掛けます。 \[AP = \left(\begin{array}{c} 1 & 3 & 2 \\ -1 & 0 & 1 \\ 2 & 3 & 0 \end{array}\right)\left(\begin{array}{ccc} 0 & 1 & 0 \\ 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{array}\right) = \left(\begin{array}{c} 3 & 1 & 2 \\ 0 & -1 & 1 \\ 3 & 2 & 0 \end{array}\right)\] 今度は,1列目と2列目が入れ替わりました。

実際に手で計算をしてみるとよく分かると思います。\(n\) 次正方行列 \(A\) に対して,\(n\) 次の単位行列の \(i\) 行目と \(j\) 列目を入れ替えた行列(\(i\) 列目と \(j\) 列目を入れ替えたと考えても同じです)を \(P_n(i,\ j)\) と表します。このとき,行列 \(P_n(i,\ j)\) を行列 \(A\) の左ら掛けると,行列 \(A\)\(i\) 行目と \(j\) 列目を入れ替えた行列が得られます。逆に,行列 \(P_n(i,\ j)\) を行列 \(A\) の右から掛けると,行列 \(A\)\(i\) 列目と \(j\) 列目を入れ替えた行列が得られます。

今は,3行3列の行列について,なおかつ \(P\)\(A\) の左から掛ける場合が理解できれば良いので \[P_3(2,\ 3) = \left(\begin{array}{ccc} 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 \\ 0 & 1 & 0 \end{array}\right),\quad P_3(1,\ 3) = \left(\begin{array}{ccc} 0 & 0 & 1 \\ 0 & 1 & 0 \\ 1 & 0 & 0 \end{array}\right)\] として,確かめておきます。この計算は,\(\mbox{GeoGebra}\) にやってもらいましょう。\(\mbox{GeoGebra}\) の画面で \(\mbox{P}_2\) と表示されている行列 \(P_3(2,\ 3)\)\(\mbox{P}_3\) と表示されている行列が \(P_3(1,\ 3)\) です。 それぞれ,2行目と3行目とが,1行目と3行目が入れ替わっていることが確認できます。

行の入れ替えばかりに注目していることに???と感じる向きもあろうかと思いますが,それについては後ほど。

行のスカラー倍

次に考えるのは,ある行だけを何倍かにする変換です。これもまた,ある行列のかけ算で表されます。何はともあれ,その行列を御紹介!! \[\left(\begin{array}{c} c & 0 & 0 \\ 0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{array}\right),\ \left(\begin{array}{c} 1 & 0 & 0 \\ 0 & c & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{array}\right),\ \left(\begin{array}{c} 1 & 0 & 0 \\ 0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & c \end{array}\right)\]

これらは,ある行列の左から掛けると,左から順に「第1行を \(c\) 倍する」「第2行を \(c\) 倍する」「第3行を \(c\)する」行列です。

つまり,\(n\) 次正方行列の \((i,\ i)\) 成分を \(1\) から定数 \(c\) に替えた行列,これを \(Q_n(i,\ c)\) と表せば,\(n\) 次正方行列 \(A\) の左から行列 \(Q_n(i,\ c)\) を掛ける,すなわち行列 \(Q_n(i,\ c) A\)は行列 \(A\) の第 \(i\) 行を \(c\) 倍した行列になります。

これも,\(\mbox{GeoGebra}\) に計算してもらって確かめます。

因みに,行列の右から掛けると列をスカラー倍することができます。

行に他の行のスラカー倍を加える

最後に,ある行に他の行の何倍かを加えるという変形を考えます。行列 \(A = \pmatrix{1 & 3 & 2 \cr -1 & 0 & 1 \cr 2 & 3 & 0}\) の3行目に1行目の \(-2\) 倍を加えることを考えましょう。つまり,3行目が \[\pmatrix{2 & 3 & 3} - 2\cdot\pmatrix{1 & 3 & 2} = \pmatrix{0 & -3 & -4}\] となります。

そのためには,次のような行列を作ります。まず基本になるのは,単位行列 \(\pmatrix{1 & 0 & 0 \cr 0 & 1 & 0 \cr 0 & 0 & 1}\) です。3行目に1行目の \(-2\) 倍を加えたいときには,単位行列の第3行第1列成分を \(-2\) に変えます。つまり,\(\pmatrix{1 & 0 & 0 \cr 0 & 1 & 0 \cr -2 & 0 & 1}\) です。実際に,行列 \(A\) の左から掛けて計算をしましょう。 \[\pmatrix{1 & 0 & 0 \cr 0 & 1 & 0 \cr -2 & 0 & 1}\pmatrix{1 & 3 & 2 \cr -1 & 0 & 1 \cr 2 & 3 & 0}\] 第1行と第2行がそのままであることは,お分かりになると思います。第3行だけを取り出して計算します。 \begin{eqnarray} & \pmatrix{-2\cdot 1 + 0\cdot(-1) + 1\cdot 2 & -2\cdot 3 + 0\cdot 0 + 1\cdot 3 & -2\cdot 2 + 0\cdot 1 + 1 \cdot 0} & \\ &= \pmatrix{0 & -3 & -4} &\end{eqnarray} 3行目に1行目の \(-2\) 倍が加えられていることが分かりますね。ここで,\(n\) 次の単位行列の \(i\)\(j\) 列成分(ただし \(i \ne j\) とする)を \(c\) で置き換えた行列を \(R_n(i,\ j,\ c)\) と書くことにします。

ここまでの議論で,行列の基本変形は3種類の行列 \(P_n(i,\ j)\)\(Q_n(i,\ c)\)\(R_n(i,\ j,\ c)\) で表され,これらの行列を左から掛けると行に関する基本変形,右から掛けると列に関する基本変形になることがお分かりいただけたものと思います。

ところで,行列 \(A\) の逆行列 \(A^{-1}\)\(AB = BA = E\) を満たす行列 \(B\) のことです。\(A\) の右または左から掛けて単位行列になる行列を探すのですから,左から掛ける行列を考えるということは行に関する変形を考えることになります。そこで,ここでは行に関する基本変形のみを扱うことにします。

掃き出し法

掃き出し法の計算手順を見ておきましょう。左に行列 \(A\),右に単位行列を書きます。

\[\left(\begin{array}{ccc|ccc} 1 & 3 & 2 & 1 & 0 & 0 \\ -1 & 0 & 1 & 0 & 1 & 0 \\ 2 & 3 & 0 & 0 & 0 & 1 \\ \end{array}\right) \tag{♪}\]

この行列に基本変形の1~3を施して左側の行列を単位行列にします。行列の1行目を①,2行目を②,3行目を③で表すことにします。

\((1)\) \(②\,\leftarrow\,② + ①,\quad ③\,\leftarrow\,③ - 2\cdot ①\) \[\left(\begin{array}{ccc|ccc} 1 & 3 & 2 & 1 & 0 & 0 \\ 0 & 3 & 3 & 1 & 1 & 0 \\ 0 & -3 & -4 & -2 & 0 & 1 \\ \end{array}\right)\]

\((2)\) \(①\,\leftarrow\,① - ②,\quad ③\,\leftarrow\,③ + ②,\quad ②\,\leftarrow\,\frac{1}{3}\cdot ②\) \[\left(\begin{array}{ccc|ccc} 1 & 0 & -1 & 0 & -1 & 0 \\ 0 & 1 & 1 & \frac{1}{3} & \frac{1}{3} & 0 \\ 0 & 0 & -1 & -1 & 1 & 1 \\ \end{array}\right)\]

\((3)\) \(①\,\leftarrow\,① - ③,\quad ②\,\leftarrow\,② + ③,\quad ③\,\leftarrow\,(-1)\cdot ③\) \[\left(\begin{array}{ccc|ccc} 1 & 0 & 0 & 1 & -2 & -1 \\ 0 & 1 & 0 & -\frac{2}{3} & \frac{4}{3} & 1 \\ 0 & 0 & 1 & 1 & -1 & -1 \\ \end{array}\right)\]

以上のとおり,3つのステップ(更に細かく分けると8ステップですね)で逆行列を求めることができるのですが,問題はなぜこれで逆行列が求められているか?です。

逆行列を求められる理由

掃き出し法による1つ1つの計算は,行列の基本変形です。そこで,それぞれの操作に対応する行列を求めます。 \[\begin{array}{|c|l|l|} \hline 1 & ②\,\leftarrow\,② + ① & T_1 = \pmatrix{1 & 0 & 0 \cr 1 & 1 & 0 \cr 0 & 0 & 1} \\ \hline 2 & ③\,\leftarrow\,③ - ① \times 2 & T_2 = \pmatrix{1 & 0 & 0 \cr 0 & 1 & 0 \cr -2 & 0 & 1} \\ \hline 3 & ①\,\leftarrow\,① - ② & T_3 = \pmatrix{1 & -1 & 0 \cr 0 & 1 & 0 \cr 0 & 0 & 1} \\ \hline 4 & ③\,\leftarrow\,③ + ② & T_4 = \pmatrix{1 & 0 & 0 \cr 0 & 1 & 0 \cr 0 & 1 & 1} \\ \hline 5 & ②\,\leftarrow\,② \times \displaystyle\frac{1}{3} & T_5 = \pmatrix{1 & 0 & 0 \cr 0 & \frac{1}{3} & 0 \cr 0 & 0 & 1} \\ \hline 6 & ①\,\leftarrow\,① - ③ & T_6 = \pmatrix{1 & 0 & -1 \cr 0 & 1 & 0 \cr 0 & 0 & 1} \\ \hline 7 & ②\,\leftarrow\,② + ③ & T_7 = \pmatrix{1 & 0 & 0 \cr 0 & 1 & 1 \cr 0 & 0 & 1} \\ \hline 8 & ③\,\leftarrow\,③ \times (-1) & T_8 = \pmatrix{1 & 0 & 0 \cr 0 & 1 & 0 \cr 0 & 0 & -1} \\ \hline \end{array}\] したがって,\(T_8\,T_7\,T_6\,T_5\,T_4\,T_3\,T_2\,T_1\,A = E\) が成り立つということです。ということは \(\cdots\) \[A^{-1} = T_8\,T_7\,T_6\,T_5\,T_4\,T_3\,T_2\,T_1\] が成り立ちます。一方,\((♪)\) の右側は,単位行列 \(E\) に上の表の \(1\)\(8\) の操作を順に行っているのですから \[T_8\,T_7\,T_6\,T_5\,T_4\,T_3\,T_2\,T_1\,E = A^{-1}\] となって,\(A^{-1}\) が求められるということです。

この行列も \(\mbox{GeoGebra}\) で計算してみました。 当然のことながら,掃き出し法での結果と一致しています。

以上,証明にはなっていませんが,具体的な行列について掃き出し法で逆行列が求められる理由を説明しました。お分かりになりましたでしょうか?

【追記】

大切なことを書き忘れていました。ここまでの説明を読まれた方の中には,正方行列であれば逆行列があると思われた方がいらっしゃるかも知れません。ところが,行の基本変形により,すべての正方行列が単位行列に変形できるわけではありません。例えば \[\begin{array}{|c|l|c|} \hline 0 & & \pmatrix{0 & 2 & 4 \cr 1 & 2 & 3 \cr -2 & -1 & 0} \\ \hline 1 & ①\,\leftrightarrow\,② & \pmatrix{1 & 2 & 3 \cr 0 & 2 & 4 \cr -2 & -1 & 0} \\ \hline 2 & ③\,\leftarrow\,③ + ① \times 2 & \pmatrix{1 & 2 & 3 \cr 0 & 2 & 4 \cr 0 & 3 & 6} \\ \hline 3 & \displaystyle ②\,\leftarrow\,② \times \frac{1}{2},\ ③\,\leftarrow\,③ \times \frac{1}{3} & \pmatrix{1 & 2 & 3 \cr 0 & 1 & 2 \cr 0 & 1 & 2} \\ \hline 4 & ①\,\leftarrow\,① - ② \times 2,\ ③\,\leftarrow\,③ - ② & \pmatrix{1 & 0 & -1 \cr 0 & 1 & 2 \cr 0 & 0 & 0} \\ \hline \end{array}\] このように,行列 \(\pmatrix{0 & 2 & 4 \cr 1 & 2 & 3 \cr -2 & -1 & 0}\) については,行の基本変形で単位行列にすることができません。したがって,この行列には逆行列は存在しません。ここから,行列の階数(rank)というお話しに進むのですが,それはまたの機会に\(\cdots\)

Last modified: Friday, 5 March 2021, 5:34 PM